咳喘息とアトピー性咳嗽の区別

風邪が治ったにも関わらず、長期的に咳が続くことはありませんか?

咳が長引く場合、必ず何らかの病気が隠れています。
咳の原因にも様々な種類があり、その原因に応じた治療をしなければ、咳止めを内服しても症状の改善は期待できません。

我が国における慢性咳嗽(3週間以上の長引く咳)の原因疾患は主に7つあります。

慢性の咳嗽で受診した患者さんの診断内訳


*アトピー性咳嗽、副鼻腔気管支症候群、百日咳、2つ以上の原因疾患
対象:3週間以上咳が持続する16歳以上の患者313人のうち、8週間以上咳が持続する患者
方法:観察期間中に患者背景を調査し、胸部X線やスパイロメトリー検査を実施し、またβ2刺激薬の有効性を判定し、各ガイドラインに従って咳嗽の原因を診断した。
Niimi A. et al.:J Asthma.50:932-937,2013改変

咳喘息

咳喘息ってどんな病気?

長引く咳で受診した患者さんで最も多い病気が咳喘息です。

咳喘息は、喘息の前段階とも言うだけあり、適切な治療を行わずに放置していると、咳喘息を発症した人のうち6人に1人は喘息に移行するとも言われています。

咳喘息のうちなら、それだけで命に関わることはまずありませんが、喘息に移行すると、そうとは言えなくなります。咳喘息にかかったら、出来るだけ早期の段階で治療するのが望ましいと言えます。

咳喘息の症状や特徴

  • いつまでも乾いた咳だけが続く(ひどい場合は数か月〜1年以上)
  • 喉にかゆみやイガイガ感がある
  • 咳は夜間から明け方にかけて出ることが多い
  • 会話時、長電話時、運動時、笑った際に咳が出る
  • タバコの煙、香水の匂い、ほこりなどで咳が出る
  • 季節の変わり目、梅雨時、台風シーズンに咳が出る
  • 冷気を吸った時、電車に乗った時などに咳き込みやすい
  • 喘息のような喘鳴(呼吸時にゼーゼー、ヒューヒューといった呼吸音が出る)はない
  • 風邪薬や咳止めが効かない
  • 女性に多い(男:女=1:2)

咳喘息の原因

喘息と同じく、ハウスダストやダニ、ホコリなどを原因物質とするアレルギー反応により発症すると考えられています。

詳しいメカニズムはまだ明らかになっていませんが、多くの場合、風邪をひいた後に発症する傾向があります。風邪をひいている時は、誰でも気道が敏感になっています。

通常、風邪が完治すればおさまりますが、中には風邪が完治し他の症状が出なくなっても、気道の過敏性(気道が敏感な状態)だけが残ってしまうことがあります。そうなると、冷たい空気やホコリを吸ったとき、喋り過ぎなどで喉を酷使した時など、ちょっとしたことをきっかけに、再び気道が炎症を起こし、咳が出やすくなります。

また、春や秋など特定の季節に症状がひどくなる場合もあり、患者数は年々増加しています。

咳喘息の検査と診断

簡易診断基準
  • 1.喘鳴を伴わない咳が8週間以上続く
    (聴診器で聞いても呼吸にゼーゼー、ヒューヒューという音が入らない)
  • 2.喘鳴、呼吸困難などを伴う喘息に今までにかかったことがない
  • 3.8週間以内に上気道炎(風邪)にかかっていない
  • 4.気道が過敏になっている
  • 5.気管支拡張薬が有効な場合
  • 6.咳を引き起こすアレルギー物質などに反応して、咳が出る
  • 7.胸部レントゲンで異常が見つからない

※上記1・5の2つを満たすことで、咳喘息と簡易的に診断することもあります。

胸部レントゲン検査

結核や肺癌、COPDなど、咳をきたすその他の疾患を否定しておくことが大切です。

呼吸機能検査

当院では、喘鳴の有無の他に、呼吸機能検査の結果も見て、喘息か咳喘息かの鑑別をさらに確証あるものにしています。

咳喘息では気道が過敏になっていて、咳が出ている時には狭くなっているので、当然、呼吸機能も正常時よりは低下しますが、その程度は喘息よりは軽微です。

フローボリューム曲線*では、少なくとも下降線の途中から最後の方に軽度のへこみができるのが特徴です。この、下降線の最後の部分は、息を吐き切る直前にあたります。息を思いきり吐くとき、吐いた直後は太い気道から、吐き切るときには細い気管支に残っている呼気が出ていきます。咳喘息では、気管支に炎症があるため、息を吐き切るところで呼気の出る勢いが落ちてしまうのです。フローボリューム曲線の最後にへこみが出来るのは、そうした理由からです。

へこみの程度は、同じ咳喘息の症状であっても個人差が出ます。特に、鼻炎を合併しているケースの中には、気管支にそれほど炎症が起きていないこともあります。

*フローボリューム曲線:努力性肺活量(一気に息を吐いた時の空気の量)をグラフにした際に表れる曲線

咳喘息のフローボリューム曲線の概念図

咳喘息の治療

喘息の治療と同じ、吸入ステロイド薬(ICS)と気管支拡張薬(β2刺激薬)を用いるのが一般的です。

咳喘息の治療は、狭くなった気管を広げることと、気管の過敏性を抑えることを目的に行われます。

咳喘息では喘息と同じように、気管が炎症を起こしています。その程度は喘息よりは弱いものの、ちょっとした刺激に反応しやすい状態になっていますので、それを改善することに重きが置かれます。

吸入ステロイド薬は、気管支の炎症を抑え、咳症状を鎮める作用があります。

長期間にわたって吸入を続けることによって、咳喘息の症状を抑え、予防することができます。

症状が軽い場合から用いることが一般的で、症状がひどくなった場合は、ステロイドの量をより多く含む吸入薬を使用していきます。

ステロイドというと副作用が強いというイメージをお持ちの方も多くいらっしゃいますが、吸入ステロイド薬は体内に悪影響を与えることはほとんどありません。

気道の炎症が治まるには数か月かかります。短期間でやめてしまうと再発しやすい傾向があるため、症状が改善したからといって自己判断で中断せずに、指示された期間、用法・用量をしっかり守って使用することが大切です。

吸入ステロイド薬(ICS)

咳喘息を発症した人の約30%は喘息に移行すると言われていますが、吸入ステロイド薬の早期導入は喘息への移行を予防する効果も期待できます。

一般名 商品名 デバイス
ベクロメタゾンプロピオン酸エステル キュバール pMDI(エアゾール)
フルチカゾンプロピオン酸エステル フルタイド ロタディスク
ディスカス
pMDI(エアゾール)
ブデソニド パルミコート タービュヘイラー
シクレソニド オルベスコ pMDI(インヘラー)
モメタゾンフランカルボン酸エステル アズマネックス ツイストヘラー
フルチカゾンフランカルボン酸エステル アニュイティ エリプタ

※pMDI:加圧式定量噴霧吸入器

気管支拡張薬(SABA:短時間作用性β2刺激薬)

気管支拡張薬(β2刺激薬)は、気管支を拡張することで咳喘息症状を抑える作用があります。

気管支に存在しているβ2受容体を刺激することで、気管支を拡げ空気の通りを良くし、咳を抑えます。

気管支拡張薬(β2刺激薬)の吸入で、咳が止まる・呼吸が楽になるなどの一時的な改善が見られますが、それだけでは根本治療にはならず、繰り返し再発する恐れもあります。

喘息同様、吸入ステロイド薬も使用し、過敏性を抑えることが完治への近道です。発作時に用いる気管支拡張薬(β2刺激薬)は単独使用で問題ありませんが、長期的にコントロールするために用いる場合、吸入ステロイド薬と併せて処方されることがほとんどです。

一般名 商品名 デバイス
サルブタモール硫酸塩 サルタノール pMDI(インヘラー)
サルブタモール硫酸塩 アイロミール pMDI(エアゾール)
プロカテロール塩酸塩水和物 メプチン pMDI(エアー)
スイングヘラー
フェノテロール臭化水素酸塩 ベロテック pMDI(エロゾル)

※pMDI:加圧式定量噴霧吸入器

吸入ステロイド薬/気管支拡張薬(LABA:長時間作用性β2刺激薬)
一般名 商品名 デバイス
・サルメテロールキシナホ酸塩(β2刺激薬)
・フルチカゾンプロピオン酸エステル(ICS)
アドエア ディスカス
pMDI(エアゾール)
・ホルモテロールフマル酸塩水和物(β2刺激薬)
・ブデソニド(ICS)
シムビコート タービュヘイラー
・ホルモテロールフマル酸塩水和物(β2刺激薬)
・フルチカゾンプロピオン酸エステル(ICS)
フルティフォーム pMDI(エアゾール)
・ビランテロールトリフェニル酢酸塩(β2刺激薬)
・フルチカゾンフランカルボン酸エステル(ICS)
レルベア エリプタ

吸入ステロイド薬を何らかの理由で使用できない症例では、以下の抗アレルギー薬による単剤治療を考慮しても良いと言われています。

また、重度の鼻炎がある場合は、吸入ステロイド薬と気管支拡張薬(β2刺激薬)を使っても楽にならないことが多々あります。

鼻炎による後鼻漏(鼻水が喉の方へ流れ落ちてくる症状)は、気道の炎症が改善しても止まらないからです。この場合は、吸入ステロイド薬と気管支拡張薬(β2刺激薬)に加え、抗アレルギー薬で鼻炎の症状を緩和します。

抗アレルギー薬
ロイコトリエン受容体拮抗薬 オノン、シングレア、キプレス
化学伝達物質遊離抑制薬 インタール、リザベン、アレギサール
ヒスタミンH1拮抗薬 ザジテン、ゼスラン、アレジオン
Th2サイトカイン阻害薬 アイピーディ

急に咳がひどくなった時やステロイド吸入により咳が誘発される場合は、経口ステロイド薬 プレドニン(プレドニゾロン)を短期間処方する場合もあります。

アトピー性咳嗽

アトピー性咳嗽ってどんな病気?

咳喘息とともに近年増えていると言われているのがアトピー性咳嗽です。

咳喘息と同じく気道のアレルギー性疾患に分類され、症状だけでは咳喘息との見分けがつきにくい病気ですが、病態は少し違っており、治療法も異なるので、咳喘息と取り違えのないよう適切な診断を受けることが重要です。

また、咳喘息とは異なり、喘息には移行しにくいと言われています。アトピー性咳嗽は太い気管部分の炎症が主なので、よほど悪化しない限り、細い気管支まで炎症が広がっていくことは考えにくいからです。

アトピー性咳嗽の原因

咳受容体の感受性が亢進していることが原因と考えられます。

気道に存在する咳受容体が刺激されると脳に信号が伝わり、咳をするように命令が出されます。

アトピー性咳嗽では、この感度が上がっているため、通常では反応しないようなわずかな刺激(タバコの煙や会話など)によって、必要以上に反応してしまい、咳が誘発されます。

通常、咳は、気道に入ってしまった異物を外に出そうとして起こる体の防御機能で、「咳反射」と呼ばれます。本来なら咳の必要がない程度の状態でも咳き込むので、長い咳症状が続いてしまいます。

アトピー性咳嗽の症状や特徴

  • いつまでも乾いた咳だけが続く(ひどい場合は数か月〜1年以上)
  • 喉にかゆみやイガイガ感がある
  • 咳は夜間から明け方にかけて出ることが多い
  • 会話時、長電話時、運動時、笑った際に咳が出る
  • タバコの煙、香水の匂い、ほこりなどで咳が出る
  • 季節の変わり目、梅雨時、台風シーズンに咳が出る
  • 冷気を吸った時、電車に乗った時などに咳き込みやすい
  • 喘息のような喘鳴(呼吸時にゼーゼー、ヒューヒューといった呼吸音が出る)はない
  • 風邪薬や咳止め、気管支拡張薬が効かない
  • 20代〜40代の若い女性にやや多い
  • アトピー素因*がある人に多い

*アトピー素因:アレルギー性疾患の既往歴(病歴)がある、家族にアレルギー疾患の方がいるなど、アレルギー疾患を発症する可能性のある素因、という意味です。ここでは、喘息以外のアレルギー疾患の既往や合併、血液中の好酸球やIgE値といった、アレルギー反応の結果産生される物質の増加などを指します。

症状は咳喘息とよく似ています。そしてほぼ100%鼻炎が合併しています。

アトピー性咳嗽の検査と診断

簡易診断基準
  • 喘鳴や呼吸困難を伴わない乾いた咳が3週間以上持続
  • 気管支拡張薬が効果を示さない
  • アトピー素因を示す検査所見もしくは痰に好酸球(アレルギー細胞)の増加を認める
  • ヒスタミンH1受容体拮抗薬 又は/および ステロイド薬にて咳嗽が消失

・胸部レントゲン検査
結核や肺癌、COPDなど、咳をきたすその他の疾患を否定しておくことが大切です。

・血液検査(末梢血好酸球数、総IgE値、特異的IgE抗体など)、皮膚テスト
アトピー素因を調べます。

・呼吸機能検査
当院では呼吸機能検査の結果を加味することで、より早く精度の高い診断を目指しています。アトピー性咳嗽の患者さんのフローボリューム曲線はおおむね図2のようになります。喘息や咳喘息のカーブと比べてピークフロー*の低下が目立ち、フローボリューム曲線は下降線がほぼ直線なのが特徴です。細い気管支までは狭まっていないため、下降線の後半部分のへこみは少ないのです。

*ピークフロー:力いっぱい息を吐きだした時の息の速さ

アトピー性咳嗽のフローボリューム曲線の概念図

アトピー性咳嗽の治療

抗アレルギー薬の一つであるヒスタミンH1受容体拮抗薬が第1選択薬となり、その有効率は約60%とされています。

アトピー性咳嗽は、気道にアトピー(アレルギー反応)が起こるために発症する病気で、ヒスタミンが多く分泌されます。

そこで、ヒスタミンの過剰な分泌を抑える、抗ヒスタミン薬が有効というわけです。

代表的なお薬としては
・ザジテン(ケトチフェンフマル酸塩)
・ゼスラン(メキタジン)
・アレジオン(エピナスチン塩酸塩)
などがあります。

吸入ステロイド薬(ICS)

効果不良の場合には、咳喘息と同様、吸入ステロイド薬の追加を行います。

一般名 商品名 デバイス
ベクロメタゾンプロピオン酸エステル キュバール pMDI(エアゾール)
フルチカゾンプロピオン酸エステル フルタイド ロタディスク
ディスカス
pMDI(エアゾール)
ブデソニド パルミコート タービュヘイラー
シクレソニド オルベスコ pMDI(インヘラー)
モメタゾンフランカルボン酸エステル アズマネックス ツイストヘラー
フルチカゾンフランカルボン酸エステル アニュイティ エリプタ

それでも効果を示さない場合には、経口ステロイド薬 プレドニン(プレドニゾロン)の投与を行います。

アトピー性咳嗽の治療終了後およそ4年間で、アトピー性咳嗽を再発する人は2人に1人というデータもありますので、治療が終わっても十分な注意が必要です。

咳が長引く場合は、咳喘息やアトピー性咳嗽の他にも、様々な病気の可能性が考えられます。漫然と市販の咳止めを飲み続けるのではなく、医師の正確な診断を受けることが大切です。

短期間の咳はもちろん、長引く咳でお困りの場合も、当院にお気軽にご相談ください。

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